2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧
1月23日(金)産経新聞「正論」欄に、「作家」石原慎太郎さんが投稿していた。表題は「イスラムテロに絡む歴史の背景」となっている。内容は・・・・・・○私はイスラム系の残酷で非人道的なテロに共感する者ではない。○しかし、テロ勃発の度、起こる避難の中…
父は大正7(1918)年生まれ。大正7年といえば、米騒動のあった年だ。日本は震災があっても暴動が起きない素晴らしい国だが、この年は「米騒動」という暴動(?)が起きている。「米暴動」と言い換えたほうがいいのかしらん??
これもいささか旧聞に属するが、1月21日(水)付朝日新聞の「社説」を読んだ。内容は・・・・・・○過激派組織「イスラム国」が、その凶暴な刃を日本人にも向けた。日本人2人を人質に2億ドルを支払わなければ殺害するという。
いささか旧聞になるが、1月17日(土)の産経新聞に中山靖子東京芸大名誉教授(93)の訃報(1/16死去)が載っていた。中山靖子さんは、昭和16(1941)年の東京音楽学校本科ピアノ科を卒業。その後、研究科、聴講科に進み、レオニード・クロイツァーに師事。(…
1月23日(金) 久しぶりに日本サッカーをテレビ観戦した。0-1でUAEにリードされた後半、柴崎の同点ゴールで延長戦に持ち込んだが、結局PK戦で4-5で敗れた。内容的にはシュート数;35-3
1月24日(土) 1月中旬、私の花粉症が始まった。これから4月下旬~5月上旬まで薬を飲まなければならない。私の花粉症は10年ほど前から発症したのだろうか。最初は気にならなかったが
1月22日(木) 今年のOB定演2015では、田三郎作曲「水のいのち」を演奏する。この日が、その最初の練習である。この曲は、私たちが責任学年だった、昭和48(1973)年の定期演奏会において、
本書は『僕はいかにして指揮者になったのか』(新潮文庫)、『僕が大人になったら』(PHP文庫)に次ぐ、佐渡裕さん三冊目の著書である。
小泉信三22歳~26歳の未発表日記が平成13(2001)年に公刊された。小泉信三は、明治43(1910)年22歳で慶應義塾大学部政治科を卒業、24歳からイギリス、ドイツへ留学、28歳で帰国。慶應義塾大学教授に
小学校の2年だったか、四季の花を調べてきなさいという宿題が出た。春は桜、夏はひまわり、秋はコスモスなどと思いついたが、冬が分からない。家には『植物図鑑』はなく、インターネットも
1月17日(土) ワグネル新年会の日。寒い。「今月は寒波が来ない」は間違いかな。10時43分発の大井町行急行に乗る。大井町まで30分足らずは便利だ。浜松町のメルパルクに着いたら、ちょうどワグネル男声合唱団三田会の総会が始まっていた。
1月15日(木) 1月もはや15日。1年の24分の1が経過したことになる。いつもどおり、朝5時に起き、5時50分自宅を出る。寒い。--1月20日(火)「大寒」も近い。7時過ぎにベローチェへ。朝、ベローチェでおじさん談義を聞いていたら、
ソニー映画の話題ではない。テレビでもニュースを含め、ノンフィクション、ドキュメンタリーが好きだ。BS朝日「ザ・インタビュー~トップ・ランナーの肖像~」(→こちら)がおもしろく、時々視る。
今年はサラリーマン生活40年目である。サラリーマンのいいところは何といっても、決まった日に決まった給料がもらえることである。私が社会人となったのは、昭和50(1975)年4月。
いささか旧聞に属するが、朝日新聞社の渡辺社長は12月26日、記者会見し、「経営と編集の関係」、「報道のあり方」、「慰安婦報道」の三つの柱からなる改革の取組みを発表した。(12/27付朝日新聞)1月6日付朝日新聞では、「ともに考え、ともにつくるメディア…
正月の5連休が終わったと思ったら、また三連休。CDを聴きながらのブログ作りとたまプラの理髪店へ
これはおもしろい!知的好奇心を満足させてくれる。帯には「20万部」突破とあるが、少なくとも50万部、場合によっては100万部は行くのではないかしらん。著者の池上氏は私と同じ昭和25(1950)年生まれ、
1月8日(木)は、池袋の東京芸術劇場地下練習室で、OB合唱団、今年初めての練習。皆さん(約70名?)、お変わりもなく、元気に顔をそろえた。(--もし元気でない方は来られないから分からないが)。
フランスの風刺週刊誌シャルリー・エブドのパリの本社で、1月7日、覆面をした複数の男が銃を乱射した。
先日、ドゥダメル/ウィーン・フィルのことを書いていたら、ドヴォルザーク交響曲第8番のCDを思い出した。B.ワルター/コロンビア交響楽団(1961年録音)ワルターが亡くなる前年84歳時の録音。
これは、おもしろい。本書は文芸春秋創業65周年・菊池寛生誕100年記念として、昭和63(1988)年にまとめられ、発刊されたものだ。文芸春秋社は大正12(1923)年創業。菊池寛は、明治21(1888)年の生まれ(小泉信三と同い年である)。
[長文ご容赦]昨年、なかなか時間がとれなくて、ブログに「積み残し」になったトピックスを少しずつ拾っていきたい。平成26(2014)年9月23日(火・祝)これからしばらく家内の実家でお世話になる。いくつかの演奏会のチケットを忘れないように持って出る。
箱根駅伝では毎年息子の出身校(中央)を応援しているが、中央大学は復路の10区で8位から19位へと失速した。これで3年連続シード落ちである。昨日のブログにはあえて書かなかったが、
今年は・・・・・・平成27年 2015年 乙未(きのとひつじ) 昭和90年 大正104年 明治148年
1月2日(金)いつもはお彼岸に墓参りをしているが、今年は帰省した息子夫婦と初めて正月の墓参に行った。運転は息子にしてもらう。横浜青葉ICから東名に乗ったら、ワッ混んでる。ダラダラ渋滞となったが、途中から流れ出し
1月1日(木) 家内の実家でお正月。お雑煮は、関東式--澄まし汁に四角いお餅。西日本では丸餅のようだが
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします(--と書いているのは12/31である)。「新年と云うものが段々何等の感じをも起させなくなった」と明治44年1月1日(日)の日記に書いたのは小泉信三である。小泉信三はこの時23歳だった。