2010-06-01から1ヶ月間の記事一覧
[今後の掲載予定;新日フィル定期、オペラ『鹿鳴館』] サッカーワールドカップ2010も決勝トーナメントとなった。日本も海外すなわち自 国開催の2002ワールドカップ以外で初めて決勝トーナメントに進出した。 これを機に、久しぶりにサッカーにかかわる本を3…
[「人生ブンダバー」今後の掲載予定;サッカー、新日フィル定期、オペラ『鹿鳴 館』] 6月26日(土)銀座は久しぶりだ。交詢社となると、その昔、大熊ゼミで集まった 記憶があるのだが、だとすれば30年ぶりくらいになるのではないだろうか。
6月24日(木)、新橋演舞場へ足を運んだ。新橋演舞場へは、今から35年以上前の 夏場、学生時代に松竹新喜劇を観るために毎年通ったものだった。
子供の頃からパンには目がなかった。今でも朝食はパンである。9年前に、ウィー ンに連泊したことがあった。その三ツ星ホテルで食べた朝食のパンの味は忘れられ ない。塩味の効いたパンだった。
昨6月25日は、朝鮮戦争開戦60年であった。北か南かどちらが侵略しようとしたの か永年論争の的となっていたが、今では北朝鮮がソ連の支援と中国の支持を得て、 韓国に奇襲攻撃をしたことが分かっている。
本書は司馬遼太郎63歳の昭和61(1986)年に読売新聞社より出版された。昭和60年 にカリファルニアと東部諸州を旅行したエッセイである。
カントルーブが編曲した『オーヴェルニュの歌』を、私は例によって畑中先生とワ グネルによって知った。
なにごとも原則とか主義を大切にしたい。日本人は(どちらかというと)原則を持 たない。あるとすれば「和をもって貴しとなす」(十七条憲法)くらいであろう か。
OB強化練習の日、藤森数彦さん作成の『シベリウスの演奏にあたって』という小 冊子が配られた。
今年もはや6月も下旬となった。花が移ろう時の早さに驚かされる。 5月14日に、脳虚血発作の意識障害で入院した87歳の母もよくなったり悪くなった り、病院生活も一ヶ月を超えてしまった。
6月19日(土)、母の見舞いを急いで済ませ、26回目を迎えた早慶交歓演奏会へ足 を運んだ。(今年は四大学演奏会は関西(京都)で開かれるため、東京で早慶交歓 が開催される。)
遠山一行さんは、畑中良輔先生と同い年である。東大美学出身の音楽評論家であ る。奥様の慶子さんはピアニストとして有名で、コルトーの弟子である。
阿川弘之は名文家である。師匠の志賀直哉もまた名文家だった。志賀の文章は、な んでも芥川龍之介が羨ましがったのではなかったかしらん。
佐渡裕も早いもので今年49歳となった。本書は佐渡34歳に出版されたものである。
みなとみらい21の横浜美術館で開催されている「ポンペイ展」に行ってきた。 ポンペイはイタリア南部の都市だったが、紀元79年8月24日ヴェスヴィオ山の大噴 火によって、6m以上の火山灰と火山礫で埋もれてしまった。
以前書いたかしらん、中村紘子の文章はうまい。ご主人に添削してもらっているの ではないかしらんと思ってしまう。むろんそんなことはないだろう。
母が入院している病院の隣に、広大な町田市立芹ヶ谷公園がある。子供たちの遊び 場であり、ランニングしている人もある。
6月6日(日)、県民ホールへの道すがら、シャッターを切った。外出する時はデジ カメが離せない。
6月6日(日)、神奈川県民ホール(大ホール)へ足を運んだ。今年は県民ホール35 周年記念のイベントがいくつか用意されている。オルフの「カルミナ・ブラーナ」 もその一つである。 県民ホール(大ホール)は約30年ぶりである。昭和52年にムラヴィンスキー/…
購入して、しばらくそのまま聴かずにおいた、バレンボイムのモーツァルトを聴い た。バレンボイムは10歳ちょっとでフルトヴェングラーと共演し、彼から「天才だ ぁ」といわれた。
[6/6(日)、「カルミナ・ブラーナ」(於神奈川県民ホール)の感想は、12日 (土)に掲載の予定です。あいや、しばらく。] 梅(の実)の季節である。梅、焼酎、氷砂糖、これらを入れる瓶があれば、梅酒が 作れる。この焼酎をお酢にかえると梅サワーができあ…
社会人になってさほど経過していない、昭和52(1977)年11月16日(水)地下鉄丸 ノ内線方南町の普門館で初めてカラヤン/ベルリン・フィルの生演奏を聴いた。
[祝生誕200年!今日はR.シューマンの誕生日である。 神奈川県民ホール開館35周 年記念演奏会「カルミナ・ブラーナ」の感想は近日中に掲載!] 私の二つ三つ下で、3年ほど前に会社を早期退職し、介護ビジネス(--といって いいのだろうか。)の道に進んだ人…
5月はドタバタですべて欠席してしまったが、3日(木)、久しぶりに幡ヶ谷でのO B練習に出た。指揮は、ワグネルOBの大久保光哉さんである。
随筆を始めたのは誰だろうか?欧米ではモンテーニュの『エセー』が有名だが、日 本では、『徒然草』、さらには『枕草子』までさかのぼることができる。中国では どうなのだろうか。
「写真で読む」に惹かれて購入した。1ページに1枚以上、文字どおり写真が豊富な のが嬉しい。久しぶりの「近現代史」である。
町田は、人口42万人。巨大な都市だ。小田急線、JR横浜線の交差する町田駅は大 きな繁華街である。
母が藤が丘の病院に入院した時は、毎日のように藤が丘に通った。母の意識がなか った時は、なにかにつけ涙が出てくるのだった。
黒酢(くろず)は、一般的には純玄米酢または純米酢をいうようだが、写真にある 黒酢は鹿児島県福山町で作られているものである。
母は大正12(1923)年、東京の笹塚に生まれ、すぐ父親の勤務地大連に渡った。昭 和6(1931)年代々木上原に帰国。昭和8年小田原、昭和10年笄(こうがい)町と小 学生時代を送り、府立第六高女(現都立三田高校)に進んだ。昭和15年卒業後は、 銀行と海軍省に…