2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

青木新門『納棺夫日記』(文春文庫)★★★★

先日はやくもTVで放映されていたが、昨年(映画館で)観た「おくりびと」はよ かった。メインの本木雅弘、広末涼子もよかったが、脇役がすばらしかった。(当 ブログご参照

F.ライナー/バルトーク「管楽器のための協奏曲」(BMG)

フリッツ・ライナーは1888年ハンガリーのブタペスト出身の名指揮者である。今度 調べて分かったが、ユダヤ系のために米国に渡ったようだ。F.ライナーは、R.シュ トラウスの教えを受けたこともあって、右手主体の簡潔な指揮だった。(--K.ベ ーム、G.セルな…

E.レルケ編『指揮棒は魔法の杖?』(音楽之友社)★★★★★★

本書はおもしろい!指揮棒について、39人(--何人知っているだろう。日本人は 一人も含まれていない。)の指揮者に行ったインタヴューをまとめたものである。 単に指揮棒に対する考え方だけではなく、音楽観も垣間見(かいまみ)ることがで き、勉強になる…

フルトヴェングラー/ベートーヴェン交響曲第5番「運命」 & ワグネル

何回聴いてもこの演奏はスゴイ!と感じる。「1947年5月27日ベルリン、ティタニ ア・パラスト」(--フルトヴェングラーファンであれば忘れられないだろう。) における、フルトヴェングラー/ベルリン・フィルの「運命」ライヴ・レコーディ ングである。

福永陽一郎指揮 「多田武彦作品集」

東芝の現代合唱曲シリーズの多くが廃盤であることは本当に残念である。今にして 思うと、そのいくつかのLPを購入していたことはよかった。 そのシリーズ、当時のレコード番号でいうTA-60016の福永陽一郎指揮「多 田武彦作品集」は名演のひとつであ…

(新刊)栗原俊雄『シベリア抑留--未完の悲劇』(岩波新書)

母が保管している、父の遺品である「同期会」名簿を最近になって初めて見た。父 は大学卒業後某石油会社に就職し、すぐ昭和18年秋に千葉県佐倉の東部第64部隊に 入隊した。「同期会」名簿はその時のものである。それによれば、昭和19年には、 草野心平の詩に…

J.=C.マリオン『はじめての発声法』(音楽之友社)

[今日も早起き。「時事放談」はなかなかおもしろかった。日本郵政問 題、沖縄基地問題、巨大予算問題。大丈夫だろうか?出演は武村正義氏(ムーミン パパ)と片山善博氏だった。] 何事も基本が大事である。ゴルフでもアドレスのときのポスチャー(姿勢)が大…

トスカニーニ メンデルスゾーン/交響曲Nr.4「イタリア」&5「宗教改革」

社会人になったばかりの頃に、H.タウブマン著『トスカニーニ-生涯と芸術-』 (渡辺暁雄訳)を読んだ。とてもおもしろかった。この著者はニューヨーク・タイ ムズの音楽評論家である。アメリカ人の書いたものだからか、難しい言葉は使わ ず、具体的事実を書…

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)

10月に入って初めての「近現代史」。今年8月15日付ブログ、田原総一朗『日本の戦争』のところで、加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』について「未購入」として触れたが、10月に入って本書を購入、読み進めている。本書は、加藤陽子東大文学部教…

山路芳久「アヴェ・マリア」

山路芳久をご存知だろうか。テノールの山路芳久は私と同い年だった。三重県津市 の出身である。芸大大学院修了。ウィーン、ミュンヘンの歌劇場で活躍していた が、大変惜しいことに昭和63(1988)年12月心筋梗塞で急逝した。帰国時の過密ス ケジュールが命取…

高田瑞穂『新釈 現代文』(ちくま学芸文庫)

会社の「茶飲み友だち」Kさんが高校時代に活用したよかったという、高田瑞穂の 『新釈 現代文』が「ちくま学芸文庫」として復刻された。

中村健「カタリ・カタリ 波浮の港」(ビクター)

中村健さんは、昭和7(1932)年生まれ、東京芸大を卒業、畑中良輔氏に師事。昭 和33(1958)年の音楽コンクール声楽部門第1位。現在は東京二期会専務理事を務 めておられる。中村さんで思い出すのは、昭和50(1975)年の北村協一指揮二期会 公演

新日フィル第452回定期演奏会

[昨日のゴルフは男女共にプレーオフ。とくに男子の日本オープンにおける、石 川、今野、小田(五十音順)、3人のプレーオフは見ごたえがあった。ゴルフに 「たられば」はない。勝ったか負けたかである。] 10月17日(土)午前中は散髪(スポーツ刈りに近くサ…

二期会創立50周年記念CD

先日取り上げた畑中先生の『オペラ歌手奮闘物語』にも載っているが、二期会が結 成されたのは昭和27(1952)年だった。本CDは、その二期会が50周年を迎えたの を記念して制作されたものである。

宮元健次『名城の由来』(光文社新書)

宮元健次の著作は、以前8月18日のブログに掲載した。(→こちら)それをご覧に なったT次長が本書を貸してくださった。

秋山和慶・東響「ブラームス交響曲第1番」他(EXTON)

欧米では、日本のようにむやみにレコードやCDを買い求めたりしないという話を 読んだことがある。演奏会に行くことが日常化しており、演奏会チケット自体も安 いことが一因なのだろう。 宇宿允人さんは、CDは音楽の缶詰なんですよと笑っていたが

野村克也『あぁ、監督』(角川ONEテーマ21)

一気に読んだ。時の人野村克也の監督論である。第2章「私が見た『名監督』た ち」がおもしろい。「名監督」として取り上げられているのは、星野、西本、上 田、古葉、広岡、森、王、鶴岡、三原、水原、川上(ページ順)である。長嶋、落 合は

O.スウィトナー/ベートーヴェン「序曲集」

以前書いたようにスウィトナーのモーツァルトが絶賛されたのは1970年代だった。 N響の定期会員として彼のモーツァルトを聴いたこともあった。 スウィトナーはしばらくしてシュターツカペレ・ベルリンを指揮してベートーヴェ ンの交響曲全集を録音した。第6…

アシュケナージ/ショパン「夜想曲(ノクターン)」

ショパンは1810年にポーランドで生まれ、1849年にパリで亡くなった。まさしく19 世紀前半の人である。前期ロマン派ショパンは多くのピアノ曲--キャラクター・ ピースといわれる小品[集」を作曲したピアニストであった。

慶應ワグネル/オーケストラ第199回定期演奏会

[昨日NHKで放送、ホグウッドの「スコットランド」はクレンペラーもびっくりの速さ、 激しいメンデルスゾーンだった。NHKhiメトの「トリスタンとイゾルデ」では歌手 の体 格のよさにこれまたびっくり。] 10月11日(日)、毎月のように行くすみだトリフォニ…

O.スウィトナー/モーツァルト交響曲第38番「プラハ」他

[昨10月10日(土)の第76回NHK全国学校音楽コンクール(小学校の部)を視聴 していたら、桑原妙子先生が審査員の一人として紹介されていた。今日はご自身の 指揮する合唱団が全日本合唱コンクール関東支部大会(於宇都宮)へ出場されるは ずだが・・・・…

有吉佐和子『開幕ベルは華やかに』(新潮文庫)

[10月10日は昔でいえば体育の日である。45年前のこの日(今年と同様土曜日)は 東京オリンピックの開会式だった。今年生誕100年になる古関裕而作曲のオリンピ ック・マーチに合わせて入場する日本の大選手団をテレビで観たことを昨日のこと のように覚えてい…

ユンディ・リ「ポートレート」

ユンディ・リは2000年、ワルシャワで開かれたショパン国際ピアノコンクール(5 年ごとに開催)で、実に15年ぶりに第1位での優勝を果たし、一躍注目を浴びた。

中山悌一さん逝く

先月9月29日(火)、二期会の創設者の一人、中山悌一さんがなくなった。89歳だ った。中山さんは木下保先生の教え子だった。上野の師範科を受験しようと木下先 生に声楽を習いに行ったところ、「君、声楽科を受けてみないか」と勧められた話

團伊玖磨作曲 歌劇「夕鶴」

歌劇「夕鶴」は、木下順二の戯曲『夕鶴』を台本とした團伊玖磨作曲の傑作であ る。「原作を一言一句変えてはならない」という木下順二の条件の下に作曲され た。 昭和27年の初演では、「つう」を原信子(58歳)、大谷洌子(きよこ)(33) (*)、「与ひょ…

(今月の新刊)椎根和『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮文庫)

用賀の優文堂書店に「飛び込ん」だら、「三島由紀夫」という文字に目が止まり、 本書を購入した。著者は昭和17(1942)年生まれ、早稲田大学卒業。雑誌の編集畑 で働いてきた人である。帯には「まだ誰も知らない、本当のミシマ。最後の三島担

早稲田交響楽団(ワセオケ)秋季演奏会

ネット検索で見つけたワセオケ秋季演奏会に行ってきた。(9月28日(月)、新宿 文化センター) 午後6時半の開場より10分ほど前に会場に着いたら、ロビーは大変な熱気と長蛇の 列。私は指定席で聴いたが、当日は自由席券もあったので、「最後尾はこちら」の

第64回東京都合唱コンクール

9月27日(日)午後、文京シビックホール大ホールで東京都合唱コンクール[一般 A・B]を聴いた。文京シビックホール大ホールは座席数1802席、平成12(2000)年 にオープンしているが、ここで聴くのは初めてだった。最寄り駅は後楽園で東京の

内田光子 モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」

ピアニスト内田光子は、私の2歳年長である。昭和57(1982)年ロンドンでモーツ ァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会を開催し、大絶賛された。すぐにフィリップス で録音の話がまとまり、モーツァルトの全曲録音となった。

松竹新喜劇 60周年

松竹新喜劇を生で初めて観たのは、昭和42(1967)年8月、名古屋御園(みその) 座午前11時開演の舞台だった。劇団結成20周年記念。「リモコン浮気」、「綱の上 の人生」、「はなの六兵衛」の3本立てだった。渋谷天外も口上にだけ立った。(*)